『不法移民はいつ〈不法〉でなくなるのか』、本日書店に並びます!

本日、拙訳書『不法移民はいつ〈不法〉でなくなるのか――滞在時間から滞在権へ』(白水社)が、書店に並びます。感慨ひとしおです。
このエントリでは、本の概要を紹介します。書店で手にとるときに、参考にしていただければ幸いです。

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1 原著のテーマ:不法移民問題
拙訳書の主たる部分は、以下の本の翻訳です。
Joseph Carens Immigrants and the Right to Stay, MIT Press, 2010.
https://www.amazon.co.jp/Immigrants-Right-Boston-Review-Books/dp/0262014831/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1505902000&sr=1-1&keywords=immigrants+and+the+right+to+staywww.amazon.co.jp

解説でも記しましたが、原著はBoston Review誌のForum欄に掲載された諸論文を原型としています。それらは以下のサイトで読むことができます。
The Case for Amnesty: Time Erodes the State’s Right to Deport
bostonreview.net

さらに、原著を用いた、カレンズ自身によるワークショップの動画(途中まで)が、YouTubeに上がっています。

youtu.be

本書のテーマは、アメリカの不法移民問題です。その実情については、次のエントリで簡単なガイドをしたいと思います。しかし、アメリカに1170万に及ぶ不法移民がいること、そしてオバマ政権下で一部の不法移民について退去強制を猶予する措置がとられていたところ、トランプ政権が措置を撤廃する方針であること、などは、ニュース報道などでご存知の方も多いと思います。
不法移民の多くは、すでに長くアメリカに滞在しており、仕事をもち、パートナーや子どももいます。退去強制となり出身国に戻っても、働く場所も住む場所も覚束ないということが少なくありません。それでもなお、彼らが移民法に反して入国したのである以上、退去強制にすべきなのでしょうか?本書では、この問いをめぐって、ジョセフ・カレンズと6人の研究者(メイ・ナイ、キャロル・スウェイン、ダグラス・マッセイ、リンダ・ボスニアック、ジーン・エルシュテイン、アレクサンダー・アレイニコフ)が議論しています。

2 訳者解説

不法移民問題にいかに答えるかを考えるにあたっては、そもそも移民をいかに受け入れるべきか、すなわち移民正義を踏まえておかなくてはなりません。先進諸国のほとんどでは、移民単純労働者の受け入れにはきわめて消極的です。しかし、食うや食わずの状態にある人々が、生活を成り立たせるために先進国に移住してくる、それを拒むのが、ほんとうに正義に適っているといえるのでしょうか?
不法移民問題の前提をなす、この「そもそも」の話をするために、解説では、移民の受け入れのあるべき姿をめぐって争われている、移民正義論の現状(の一部)について、立ち入って検討しました(そのため、解説が訳文を超える分量になっています)。

あらかじめ断っておきますが、私自身の見解は、移民受け入れに対して必ずしも積極的なものではありません。不法移民を生み出す主たる要因が、移民単純労働力のプッシュとプルにある以上、それに真正面から答える不法移民対策が必要、という見解には与しています。しかし、地球上のすべての人々が平等に移動の自由を有していて、それに反する移民規制は不正だという考え方(「開放国境論open border theory」といいます)には、賛成しません。なぜ賛成しないのかについては、ぜひ解説をお読みいただきたいと思います。
しかし開放国境論に賛成するにしても反対するにしても、移民問題の現状を虚心坦懐に認識したうえで、さまざまな移民正義論を色眼鏡で見ずに冷静に評価することが必要です。拙訳書を上梓した最大の動機は、そういう冷静な移民政策論議に少しでも資する材料を提供したい、と思ったからです(解説のあとに付けた読書案内も、同様にその材料となれば幸いです)。

3 座談会
 たいへん光栄でうれしいことに、拙訳書に、井上彰さん(東京大学谷口功一さん(首都大学東京との座談会を収録することができました。お二人のことはあらためてご紹介するまでもないかと思います。井上彰さんは、わが国の政治哲学の第一人者の一人で、正義論を中心に、きわめて精緻で鋭く面白い議論を行っています。井上さんの『正義・平等・責任――平等主義的正義論の新たなる展開』は、今後正義論を研究する者が必ず取り組むべき必読書です。

井上彰『正義・平等・責任――平等主義的正義論の新たなる展開』岩波書店、2017年。

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谷口功一さんは、公共性論・郊外論をはじめとして、多くの著書・論文・訳書があり、近時スナックについての学術的研究で名を馳せています(『日本の夜の公共圏――スナック研究序説』では、私も小文を掲載させてもらいました)。さらに、移民・難民研究でも、実地調査をふまえて、避けて通ることのできない問題提起を行っています。

谷口功一・スナック研究会編著『日本の夜の公共圏――スナック研究序説』白水社、2017年。

www.amazon.co.jp

谷口功一「郊外の多文化主義」『アステイオン』第83号、2015年、38-55頁。https://www.amazon.co.jp/gp/product/448415224X/ref=as_li_qf_sp_asin_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=448415224X&linkCode=as2&tag=newsweekjapan-22

※この論文は、以下のサイトに、転載されています(補遺も付されています)。
第1回 
www.newsweekjapan.jp
第2回 
www.newsweekjapan.jp
第3回 
www.newsweekjapan.jp
第4回 
www.newsweekjapan.jp
補遺(「モスク幻像、あるいは世界史的想像力」
www.newsweekjapan.jp

言わずもがななことですが、移民問題に対する3人の見解は異なります。しかし、移民や移民受入国の直面する現実を直視し、その上で移民の受け入れがいかにあるべきかを論じる、「素面」の議論が必要だという点で、認識は一致しています(このことは、あらゆる政策的議論に共通することでしょうが)。

4 きれいごとだけでは通らない 

座談会で谷口さんがいみじくも述べていますが、カレンズも、また6人の研究者も、「あえて隙のある議論をして」います。ツッコミどころが満載なのをわかっていて、シンプルでわかりやすい立論をしている。
なぜそういう議論が必要なのか?一つには、現在進行形で政策イシューとなっている問題に対して提言をなすには、わかりやすさが必要だから、ということもあるでしょう。しかしそれ以上に私が大事だと思うのは、さまざまな留保をおく、穏当な、しかし自身の立場を曖昧にするような議論では、移民問題をほんとうに引き受けたことにはならないからです。
移民も不法移民も、受入国の人々も、移民政策次第で、自らの生活の成否が左右される。移民問題にコミットする者は、その責任を負うべきだ。だからこそ、逃げ隠れしてはならない。きれいごとだけ言って済ませてはならない。原著を最初に読んだとき、寄稿者たちのそういう覚悟を感じ、紹介したいと考えました。そのような姿勢こそ、わが国の移民政策(だけではありませんが)を論じる者に必要なものだと思っています。