『問いかける法哲学』

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更新の間があいてしまい、すみません。

先日20日に瀧川裕英編『問いかける法哲学』(法律文化社)が刊行されました。15問の(より)具体的・実践的なトピックに取り組むなかで、法哲学上の基本問題に迫っていく「いきなり実戦」式の本です。

* Amazonでは20日から発売されていますが、地元の戸田書店丸善ジュンク堂では、昨日現在まだ並んでいないようです。

【2016.09.22 17:00補足:本書で扱われている内容(問い)について、目次を引き写しておきました。参考にしていただければ幸いです。】

【2016.09.22 18:05補足:本書の章目次、章と節の目次をPDFファイルで作成しました。以下のDropboxからダウンロードしてご利用ください。】

www.dropbox.com

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---以下、目次---

はじめに

第Ⅰ部 自由
 
01 ドーピングは禁止すべきか?――米村幸太郎(横浜国立大学
1 ドーピングをめぐる現状
2 パターナリズムとフェアプレイ
3 スポーツの目的からの議論、そして国家の役割についての問題
4 私はこう考える

02 自分の臓器を売ることは許されるべきか?――鈴木慎太郎(愛知学院大学
1 はじめに:そして魔神現る
2 なぜ移植患者のために臓器を提供しなくてよいのか
3 所有権があることの意義
4 自己所有権は正当化できるか
5 臓器売買を考える
6 自己所有権の限界を考える
7 むすびに:魔神からの問いかけ

03 犯罪者を薬物で改善してよいか?――若松良樹学習院大学
1 はじめに
2 刑罰の条件
3 自由刑
4 化学的去勢
5 おわりに

04 ダフ屋を規制すべきか?――登尾章(國學院大學兼任講師)
1 「ダフ屋を規制する」とはどういうことか?
2 なぜダフ屋を規制すべきなのか?
3 なぜダフ屋を規制すべきではないのか?
4 可謬主義的市場論とは何か?

05 チンパンジーは監禁されない権利を持つか?――野崎亜紀子(京都薬科大学
1 はじめに
2 2つの視角:認識能力と法的権利の付与
3 動物の権利と動物の福祉
4 動物保護の法制度
5 再びチンパンジーへの法的権利の付与問題を考える
6 おわりに:チンパンジーは監禁されない権利を持つか?

第Ⅱ部 平等

06 女性専用車両男性差別か?――松尾陽(名古屋大学
1 はじめに
2 法律家の語り方:差別を語る前に
3 差別はなぜ許されるのか/許されないのか?
4 女性専用車両(男性排除車両)は男性差別か?
5 結びに代えて

07 同性間の婚姻を法的に認めるべきか?――土井崇弘(中京大学
1 はじめに
2 単純な対立図式とその限界
3 婚姻とは何か?
4 国家が婚姻について法的に制度化するのはなぜか?
5 国家による婚姻の法的制度化はそもそも必要か?
6 「婚姻の私事化」の主張は魅力的・説得的か?
7 おわりに

08 相続制度は廃止すべきか?――森村進一橋大学
1 はじめに
2 相続制度の存在理由
3 平等主義による相続制度廃止論
4 権利の性質による相続制度廃止論

09 児童手当は独身者差別か?――瀧川裕英立教大学
1 2つの子ども問題
2 児童手当
3 善に対する正義の優位
4 児童手当は中立的か?
5 発展的問題

10 年金は世代間の助け合いであるべきか?――吉良貴之(宇都宮共和大学
1 はじめに
2 世代間正義のための公的年金
3 福利の時間的範囲
4 まとめ

第Ⅲ部 法と国家

11 裁判員制度は廃止すべきか?――関良徳(信州大学
1 裁判員制度をめぐる問題状況
2 裁判員制度を考えるために:法哲学からの視点
3 裁判員制度を廃止すべきか
4 裁判員制度を廃止すべきではない
5 裁判員制度は改革されなければならない

12 女性議席を設けるべきか?――石山文彦(中央大学
1 はじめに
2 日本における女性の過小代表と諸外国の多様なクォータ制
3 女性の過小代表と議会の正統性
4 女性の過小代表と議会の判断の歪み
5 ポジティブ・アクションとしてのクォータ制
6 おわりに

13 悪法に従う義務はあるか?――横濱竜也(静岡大学
1 はじめに
2 悪法は法ではない:自然法論の「悪法」論
3 悪法も法だが、従うべきではない:法実証主義の悪法論
4 悪法にも従うべきである:遵法義務の根拠
5 悪法への不服従をどう考えるべきか?

14 国家は廃止すべきか?――住吉雅美(青山学院大学
1 「国家は要らない」と言いたくなるとき
2 国家不要論に関連する法哲学上の諸論点
3 自由は秩序を生み出すのか?
4 国家は要るのか、要らないのか?

15 国際社会に法は存在するか?――郭舜(北海道大学
1 なぜこの問いか
2 問いの意味
3 制裁への着目
4 内的視点
5 国内法は法の典型例か
6 価値負荷性
7 結論

索引
執筆者紹介

---以上、目次---



一章を担当したにすぎない私が言うのは僭越ですが、読者の方々には、「各章がトピックにどのような解答を与えているか」だけでなく、「各章のトピックから、法哲学的問題関心へと、どのように接近していっているか」――つまりはトピックの法哲学的レレヴァンスをどのように示しているか――も、見ていただけるとうれしいです。どの分野でもそうかもしれませんが、問いへの答えが合っているか間違っているかよりも、具体的な疑問を出発点に、どういう問い、どういう問題関心に照準をあわせていくかに、書き手の苦心と工夫が詰まっているので。



私は第13章「悪法に従う義務はあるか?」を担当しました。先月上梓した『遵法責務論』と問題関心は重複しています。しかし、大学の学部生やロースクールの方々に読んでもらうことを想定して、できるかぎり読みやすい叙述に努めたつもりです。

本章冒頭の「どぶろく裁判」について、注などでも記しましたが、以下の文献もあわせて読んでいただければ幸いです。

○棟居快行他『基本的人権の事件簿〔第4版〕』
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本書の「自分のつくった酒が飲みたい――ドブロク訴訟〔事件7 酒造りの自由〕」は、記述は短いですが、被告人(前田俊彦)の立論をわかりやすく検討しています。第5版(最新版)には収録されていないので、図書館などでご覧いただければと思います。

○前田俊彦『ドブロクをつくろう』
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8D%E3%81%86-%E5%89%8D%E7%94%B0%E4%BF%8A%E5%BD%A6/dp/4540810022/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1474512020&sr=1-2&keywords=%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8D%E3%81%86
どぶろく裁判」の被告人が著した本。どぶろくの作り方と、前田がなぜ「酒造りの自由」にこだわったかが記されています。



「悪法も法か、悪法に従う義務はあるか」という問いは、法概念論の中心問題の一つですが、法概念論については、本書第15章、郭舜さん担当の「国際社会に法は存在するか?」をも、ぜひともご覧いただきたいところです。「国際法は法か」という問いを、どのように受けとめるべきかをめぐって、法命令説やハンス・ケルゼンの所説、そしてH・L・A・ハートの内的視点の議論が批判的に検討されています。郭さんの結論――「国際法は法か」とは「国際法が法とみなされるべきか」という問いだ――をどう考えるかを含め、読者の皆さんに一度取り組んでみてほしいと、切に思います。

『遵法責務論』

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初めての単行本『遵法責務論』を弘文堂より上梓しました。

遵法責務論 10 | 弘文堂

 

奥付の刊行日は8月30日ですが、23日ごろより書店に出ております。

(なお拙著を含む法哲学叢書は、拙著をもって第1期を終え、今後は第2期に入ることになります。第2期のラインナップは拙著の最後の頁をご覧ください。)

 

「遵法責務」ときいてピンとくる方は、なかなかいないだろうと思います。「悪法問題」のほうがまだ耳慣れているかもしれません。私なりに一言でいえば、「不正な法に従う道徳的義務はあるのか」を、「国民に、自らの国のすべての法に従う道徳的義務はあるか」という問いとして扱い取り組むのが、遵法責務論です。

 

「なぜこんなひどい法があるのか」「なぜ法の名のもとに、こんなひどいことがまかり通るのか」という感覚を持ったことがある方は少なくないだろうと思います。こんなことは許されない、即刻こんな法はなくすべきだと憤る。

しかし、そこから進んで「ひどい法なんだから従わなくてもいいんだ」と考えて、法を無視するとしたらどうでしょうか?「民主主義なんだから、立法過程を通じて法を改廃すべきだ」と考える方はかなりいるはずですし、「数の力で押し通した法を尊重しなければいけないいわれは何もない」と答える方もいるかもしれません。「そもそも不正な法はどう説明したって不正で、法がどんなことを定めていても、正しい行いをすべきだ」と思った方もいるでしょう。

このようにして、不正な法を前にどうふるまうべきかが俎上に上ってきます。その問いこそが、遵法責務論のきっかけであり、拙著が取り組んだものです。

 

私がどのように答えたかは、ぜひ拙著をご覧いただきたいと切に願っています(ただ、関連する話題をおいおい、このブログで扱っていきたいと考えています)。「答えが間違っている」「答えになっていない」というご批判は、当然あるだろうと覚悟しています。しかし、どうして私が答えられていないのかを考えていただけるとすれば、拙著の役割の過半は果たされたものと考えています(無責任のそしりを免れないですが)。

 

拙著が成り立つにあたって、お世話になった方は数え切れません。その方々の恩に少しでも報いるためにも、私は全身全霊研究に精進するつもりです。その一端をこのブログで書いていけたらと思っています。